∞2∞


  俺の好きな人は壊れている。
  壊れてしまった。
  2年前に。

  彼の名前は支倉龍由(ささくら・たつよし)。
  リュウさんと呼ばれている。
  俺の高校時代の先輩で、生徒会長だった。強くて賢くて優しくて格好良くて、まるで何かの 
 ヒーローのようだった。いや、実際に我が校のヒーローだったのだ。
  圧倒的人気の生徒会長には、綺麗で賢い恋人がいた。どれだけ綺麗で賢かったかというと、
 そのヒーローの横に並んで誰からも文句が出なかったくらいだ。
  彼らのカリスマぶりには教師もPTAも一目置いていて、彼らが生徒会時代様々な伝説が生
 まれた。「学校史上最高の」という形容詞の付いた様々な記録も生まれた。
  そのうちの一つに「史上最高の出席率」というのがある。生徒総会などのことではない。学
 校全体の出席率だ。だいたい昔は金持ちのぼんぼん校、現在は有数の進学校として、生徒が自
 己判断で勝手をする為、城崎の出席率は良くない。それが毎日全学年平均98%の出席率を誇っ
 たのだ。実際、彼らが在学していた間学校は楽しかった。
  何がどうというものはないが、学校自体、日常がいつもハイテンションだった気がする。特
 に、俺は龍さんを始めとする生徒会役員に可愛がられていたから、余計にそうだったのかもし
 れない。
  特に目立つわけでもない俺が2つも年上のカリスマ生徒会長と面識を得るきっかけとなった
 のは、彼の勘違いからだった。

 「高津って、どいつ?」
  入学して少しで、まだ学校にも慣れきっていない頃、昼休憩に入った直後に教室に入ってき
 た5・6人の上級生に、まだ誰も席を立っていなかったクラスが硬直した。
  上級生達は剣呑な雰囲気ではなかったものの、集団の中心にいたのが既にそのカリスマぶり
 が知れ渡っていた生徒会長で、皆何事かと思ったのだ。
 「何かしようってわけじゃないから、びびんなよ。で、どれ?」
  硬直した一年生に苦笑して、彼はじれったそうに再度問い掛けた。
  クラスの中で、いや学年全体でも「津」は俺一人だった。
  クラスメイトの視線が向けられる。視線に押されて、俺は内心パニックになりながら、ゆっ
 くりと(恐る恐る)立ち上がった。
 「俺…ですけど」
 「お前?…あんま似てないなぁ」
 「でも、雰囲気似てね?」
 「そっか?あいつのがきっつい感じしてるけどな」
  口々に訳の分からないことを言いながら、上級生たちが近付いてきて、俺は背の高い集団に
 囲まれてしまった。
 「きっつくて、悪かったね」
  綺麗な声に囲いが割られた。割れた視界に飛び込んできたのは、綺麗な上級生。
  確かに男なんだけど、どう見ても男なんだけど、囲いが高くて視界が暗くなっていたからか
 もしれないけれど、後光が差しているかのように綺麗な人だった。
 「高津」
 「まったく、似てるわけないだろ?他人なんだから」
 「え!?」
  囲いが歩いてこちらへやって来るその綺麗な上級生と俺を忙しく見比べる。
  …何だか、分かった気がする。
 「図体のでかい連中が一年生囲んで、まるで苛めてるみたいだぞ?見ろよ、泣きそうになって
 るじゃないか」
  俺のすぐ側まで来た綺麗な人は、俺の頭から頬をするりと撫でて言った。
  実際、俺は囲いの高さと突然のことにパニックを起こしていて、泣きそうだった。もちろん
 泣いてはいなかったが、喉の辺りが熱くなっていた。
 「いや、足立が新入生の中に『タカツっていう可愛いのがいる』って言うから」
 「森岡が『高津に似てる』って…」
 「そしたら龍が『高津には弟がいる』って言うからよ」
  視線を逸らし合いながら、へどもどと言い訳じみたことを言う囲い達に「高津」さんは呆れ
 たような溜息をついた。
 「俺の弟は4つ下!現在中学2年生!ほら、このタカツくんに謝れ!」
  その言葉に今度は視線を交し合った囲い達は、俺の前に一列に並び、後ろを向いてウィンク
 をしながら肩越しに振り返って、一斉に言った。
 「びびらせて、ごめんネ」
  合図があったかのように、ぴたりと重なったその台詞と仕草に俺と事態を呆然と見守ってい
 たクラスメイト達は吹き出した。笑い声に囲い達は片腕ガッツポーズで、高津さんは額を押さ
 えて溜息をついた。
 「お前、下の名前何ての?」
  笑い声が収まった頃、囲いの一人だったカリスマ生徒会長が俺の頭をくしゃりと撫でた。
 「和志です」
  目の前で太陽が笑ったかのようだった。
  その笑顔につられるようにして、俺はするりと答えていた。さっきまでのパニックが嘘のよ
 うになくなっていて、別の動悸に変わっていた。
  それほど鮮烈で魅力的な笑顔を見せた人は、更に目を細めて言った。
 「和ピーね。お詫びにどでかい新入生歓迎会企画してやるから、許せ。お前らもな。騒がせて
 悪かった」
  最後はクラス全体を見渡しながら、言った。
 「もとから、そのつもりだったくせに」
  呆れたような高津さんの言葉は側にいた俺だけに聞こえたようだった。クラスの連中や野次
 馬の他のクラスの連中は生徒会長のカリスマっぷりにすっかりヤラれて、彼以外は目に入って
 いないようだった。

  それから、この上級生達は校内で擦れ違う度に「和」と俺に声を掛けてくれるようになった。
 囲いの集団は生徒会長始め生徒会役員が多かったこともあって、俺は生徒会のマスコットのよ
 うに可愛がられるようになった。
  そして、俺はいつからか強くて賢くて優しくて格好良い生徒会長のことを好きになっていた
 のだ。
  もちろん、その生徒会長に綺麗で賢い書記の恋人がいることは分かっていたが、分かってい
 たから伝える気はなかったけれど、そのことは同性に好意を持つことが悪いことではないとも
 思わせてくれた。だから、想いを断ち切ることはできなかった。

  断ち切ることができなかった想いを告白したのは、2年後。正確には2年半後。
  綺麗で賢い彼の恋人がいなくなったからだった。

  彼はそれからずっと壊れたままだ…。
  

***

 「で、どうなってんの?」   ソファに寝転んで、恭平が言った。   月・火と姿を見せなかった恭平は、今朝また子泣き爺となって俺のうちに来ることを決めた。  水曜の6限目は城崎では自主学習の時間になっていて、こいつはそれをサボってきているのだ。  「暗中模索」   コーヒーを入れてやりながら俺が答えると、恭平は眉根を寄せた。  「ウォンチュー茂作?」  「何で俺が茂作を求めなきゃなんないんだよ。てか、茂作って誰だよ」   呆れ返ると、コーヒーを両手で受け取った恭平は首を傾げながら言う。  「確か斉藤んちのじいさんが茂作だったような・・・」  「俺はじいさん口説く趣味はねぇ。…お前、国語能力大丈夫か?」  「だよねー。若い方がいいよね」   その言葉に少し含みを感じた気がして、黙り込む。   恭平は俺が龍さんを好きなことを知っているのだ。そして、龍さんが俺を見ていないことも。   それでも、恭平は俺のことを好きだと言う。  「お前の気持ちには応えてやれない…」   そうはっきり言った俺に、それでもどうしても俺が好きだと彼は言った。  「奇特な奴だな」  と、言ってみると、  「和さんと同じだよ」  と、返され、何も言えなくなったのだ。   それから、彼は俺の相談役のようになった。それこそ、本当に奇特な奴だと思う。だって俺  の悩みは龍さんのことなのだ。   壊れてしまった彼との新しい関係の作成。それが俺の課題で悩み。   最初の恭平の質問は、これに対してのものだ。  「国語能力は大丈夫だよ。全校偏差65割ってないからね」   気まずく黙り込んでしまった俺をフォローするかのように、へろりと恭平が言う。   城崎では全国偏差値よりも全校偏差値の方が高い。全国模試で偏差値が75くらいでも、校内  で見ると60は確実に割るのだ。  「お前さ、大学どうすんの?」   ふと気になって訊いてみる。  「んー?また、和さんの後輩になる予定」   またしてもへろりと言われて、眉根を寄せていると、恭平はちょっと困ったように笑った。  「実家から余裕で通える範囲にさ、希望学部のある、それなりに良いレベルの大学があるんだ  からさ、わざわざ他へ行くことないと思わない?」  「そうだけど…」   勿体無いような気がして、何か言いたい気がした。俯いてそれを考えていると、どこか冷た  いような声が頭の上から降ってきた。  「俺が追い掛けると、迷惑?」   いつの間に起き上がったのか、すぐ側に寄ってきた恭平を見上げると、冷たい奥に傷付いた  光を宿した目がまっすぐに俺を射抜いた。   ツキリ、と細くて長い針を通したような痛みが胸を走る。  「め、いわくじゃないけど、申し訳、ない」   視線を逸らせて本音を言うと、ほっとした気配がした。  「酷い事言うけど、許してね」   前置きをした恭平に顔を上げると、それこそ申し訳ないような、悲しそうにも見える顔があ  った。  「俺はさ、和さんより幸せだよ。相手に振り向いて貰えないのは一緒だけど、相手に気にして  貰えるもの。例え、それが申し訳ないという感情でもね。その感情で俺を見て貰える」  「下見て暮らすなよ。もっと上見て」  「だって、下に和さんがいるんだから仕方ないじゃない」   俺の言葉を遮って、早口に恭平は言った。   また、傷付けた。   唇を噛んだ俺の前にしゃがみ込んだ恭平は、その唇をそっと撫でた。  「俺の幸せはさ、俺が考えるからいいんだよ。俺の人生も幸せも俺が決めるんだ。だって、皆  そうだろう?」   唇を撫でた指を口の中に入れられる。入ってきた3本の指を舐めると、微かに笑った恭平は  それを引き出して、薬を塗り込めるように噛んでいた下唇を辿った。   そのままその手を顎へ移し、俺の顎を取って上向かせた。   唾液で濡れた指の感触が気になったのは一瞬で、すぐに覆い被さってきた恭平の唇と侵入し  てきた舌に気を取られる。  「和さんは、考えなくていいんだ…」   キスの間に押し倒され、仰向けになっていた俺は唇を離した途端に囁かれた台詞に、恭平の  首に巻き付けていた両腕を緩め、少し距離を取って彼を見詰めた。  「いいんだよ…」   優しく笑った顔がけぶるように見えたのは、快感のせいか何のせいか…。   分からないままに、俺はまた彼の首に両腕を巻き付けたのだった。

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