∞3∞


 「……!」
  俺の腰を掴んでいた身体が痙攣して、彼が達したのが分かった。
  ズルリ、と抜かれて、先に達していた俺はそのままシーツに倒れ込んだ。
  身体よりも心がだるい。彼が達する瞬間に呟いた名前が原因だ…。分かっていても辛い。
  俺に頓着せずに、煙草を取り出した彼はそれに火をつける。
  2年前から吸い始めた煙草は、すっかり龍さんにに馴染んでいた。今では彼の体臭の一部だ。
  俺もすっかり苦いキスに慣れたよなぁと思って、可笑しくなった。…いや、悲しいのか?

  最近、自分の感情が分からなくなることが多い。
  今みたいに、悲しいのか可笑しいのかすら分からなくなる。正反対の感情のはずなのに。
  ただ、胸が苦しかったり、ゆるゆるした感じがしたり、言葉で言い表せないような感じがす
 るだけなのだ。 …俺も壊れているのかもしれない。

  煙草を吸い終わった彼が飲み物を取りに立ち上がったのを期に俺も立ち上がり、シャワーへ 
 と向かった。
  以前なら常にあった「ついで」の優しさを期待してしまう自分が嫌なのと、龍さんが「彼」
 でない存在に苛つき始めるまでのカウントダウンが始まった合図だと、いい加減学習した為だ。 
  バスルームから出て行くと、龍さんはやはり一人分だけ用意したビールを暗い顔で飲んでい
 た。
 「お酒飲むなら、何か食べた方がいいよ?」
  身支度を整えながら声を掛けるが、睨まれる。でも、睨んでくれるだけマシなのだ。もっと
 酷いときは完全に無視をされる。
  また、どこでもない所に視線を向けた彼には、高校時代のあの太陽のような輝きはなかった。
 「また…来るね…」
  ドアの前でじっと彼を見詰めて言ったが、今度は無視された。
  そのまま、少しの間彼を見詰めていたが、彼がこちらに注意を払うことはなかった。

  龍さんと初めて寝たのは2年前だ。
  実際は、「寝た」なんて穏やかなもんじゃなかった。
  「犯された」という言葉の方が近いかもしれない。
  けれど、合意だったのだ。俺が望んだのだ。…そうしないと、彼が壊れてしまいそうだった
 から。 結局、俺が身体を投げ出したくらいでは、彼が壊れるのを止められなかったのだけれ
 ども。
  それから龍さんは俺を呼ばない。話もしない。
  

***

 「誕生日プレゼントが欲しいなぁ」   いつものようにうちで過ごした後、ポツリと恭平が言った。   恭平がそんなことを言ったのは初めてで、俺は少なからず驚いた。何よりも、恭平の誕生日  は祝い事に向かない。向かないどころかタブーのようになっていた。それは、俺たちの間だけ  のことではなく、龍さんや恭平の家族にとっても…。   でも、それだけにその言葉は切なく響いて聞こえた。叶えてやりたい、と思った。  「何が欲しい?」   そう言った俺に、今度は恭平の方が驚いたようだ。  「…くれるの?」   目を見開いて問うた恭平にますます切なくなって、頷いた。  「…俺、和さん、欲しいなぁ」  「それは…」   少し考えるようにして言った恭平に、俺は口篭もった。その俺におどけたようにぺろりと舌  を出して笑って、恭平は言った。  「分かってる。冗談だよ。でもね、そうだな、和さんの一日が欲しい」  「俺の…一日?」  「うん、そう。一日、丸々24時間和さんを独占してみたい」   ぎゅうぅっと胸の真ん中を握られたような感じがした。   そんな俺の表情を見て、少し寂しそうに恭平は笑う。  「分かってるよ。心までは独占できないってことは。でもね、物理的にだけでも、一日ずっと  和さんを独占してみたい。学校とかバイトとか、とにかく他の何にも邪魔されずに」  「…」  「駄目?一日だけでいいんだ。あ、丸々24時間っていうのが駄目なら、朝から晩までっていう  普通に言う一日だけでもいいんだ。…駄目…かな?」   拒絶しているわけではなく、胸の締め付けられる感じを堪える為に声が出せない俺をどう思  ったのか、だんだんと小さくなっていく声に、努力して声を出す。  「一日デートか。誕生日プレゼントなら、俺がプランを考えるのか?」   ぱっと顔を上げた恭平は、嬉しそうに、でもまだどこか遠慮するように応えた。  「和さんち、居たら駄目かな」  「うち?」   父親が海外に転勤になったのに母親がついて行ってしまった為、俺は一軒家に一人暮らしを  していた。だから、こうして恭平はちょくちょくうちに来るのだ。   今更居て、恭平に物珍しいことはない。  「そう。一日和さんを独占できるなら、俺、和さんだけを見ていたい。和さんに俺だけ見てて  欲しい。それこそ、外に出て、映画とか買い物とかで他のことに気を取られたくないし、気を  取られて欲しくない」   勿体ないもん、という言葉に、努力して出していた声は、更にきつくなった胸の締め付けに  出なくなってしまった。そんな俺に気付いた恭平は、どこかうっとりした様子をはっと改めて、  笑顔を向けた。  「あ、もちろん、普通のデートでも全然いいよ。和さんが考えてくれるんだったら、すごく嬉  しい。当然全部おごりでしょ?それって、すごい贅沢だよね」   はしゃいだ様子がどこか白々しく、痛々しく感じて、俺は首を振った。  「…そんなのでいいなら、うちに居よう。お金使わなくて済んで、俺はラッキーだ」  「…いいの?」  「どこ行くかって、頭悩まさなくてもいいしな」   わざとおどけたように言ってやると、恭平が一瞬泣きそうに見えた。すぐにその顔は同じよ  うにおどけて見せた。  「俺とのデート・プランに頭を悩ませる和さん、てのも魅力的だけどね。悩み過ぎてハゲても  困るし」  「誰がハゲるんだよ」  「だって、和さん、髪細いじゃん。将来危ないよ」   すごく嬉しそうに笑う恭平に、憮然とした表情で泣きそうな心を隠した。   髪を触ろうとする恭平と散々じゃれて遊んだ後で、俺はカレンダーを見て言った。  「で、いつにする?」   俺の視線を追うようにカレンダーを見た恭平は、少し考えて言った。  「…27日かな。第4土曜で学校休みだし。午前0時きっかりから午後12時59分まで」   誕生日当日の24日を選ばない恭平が可哀相だった。選ばせてやれない俺が嫌だった。   恭平は24日だと、俺が絶対承知しないのをよく分かっていた。それを言って、プレゼントを  取り上げられるのが嫌なのか、それとも日付を変えてくれるように頼む俺の言葉を聞きたくな  いのだけなのか分からなかったが、自分から当日を外して、その日を選んだ妥当な理由を付け  て言った。…本当は当日が良かっただろうに。当日に誰か、俺を抱いていたかっただろうに。   恭平の付けた「妥当な理由」は、恭平にとってはちっとも「妥当な理由」にならないことを  俺は知っていた。ヤツは休みたいなら休む、伝統的な城崎生なのだ。出席日数はきちんと計算  していたし、成績もサボったところでどこにも影響しない程の成績を修めている。   だから、せめて、そっけなく言ってやった。  「そんな時間に来られても帰られても迷惑だ。来るなら10時までに来て、帰るなら朝帰れ」  「すごい。それじゃあ、30時間以上和さんを独占できるんだ」   何て贅沢なんだ、と心底嬉しそうに笑った恭平に、そっけなくそっけなく言ってやる。  「30時間以上って。俺は途中で寝るぞ」  「俺はずっと起きてる。和さんの寝顔見てるから、和さんは寝てもいいよ」  「見んなよ、そんなもん。寝ろ」  「何の為に土曜にしたと思ってんの。日曜に寝るからいいんだよ」   にっこり笑った恭平に、ますます胸が締め付けられたように感じた。   恭平の誕生日は彼の兄の命日だった。   2年前、彼の兄が亡くなってから、彼の誕生日は兄の法事が行われる。祝いとは対極の。   当然、恭平も自分の誕生日を祝ってほしいと言わない。家族と一緒に法要をする。   もっと年月が経てば、せめて七回忌も過ぎれば、彼の家族も彼の誕生日のことを思い出すか  もしれなかったが、2年では、まだ若過ぎた長男の死の方が大きかった。

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