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  俺と恭平が出会ったのは、2年前。恭平が城崎に入学する5日前だった。

 「和!」
  マスコットからそのまま雑用係として生徒会に入った俺は、3年になる頃には同姓の美人の 
 先輩と同じ書記という役職についていた。
  その為、春休みだというのに、新入生への入学説明会に借り出されていた。
  ばたばたと走り回っていた俺を、もう卒業したはずの優しい声が呼んだ。
  声の主を探して首を巡らすと、既に満開になっている桜の下に恭也さんが立っていた。

  恭也さんとは、かの同姓の美人書記のことだ。
 「『高津さん』って、呼び難いだろ?『恭也』でいいよ」
  そう言った恭也さんは、弟がいるせいか殊更俺を可愛がってくれた。
 「恭也さん?」
  かなうはずもない、この恋敵が俺は大好きだった。どうしても、嫉妬はしてしまうのだけれ
 ども、それでも賢くて綺麗なこの先輩のことを俺は慕っていた。
 「なーんか、恭也だけズルいぞ。よし、和、俺のことは『龍さん』と呼べ」
  ちなみに、にっこりと笑った恭也さんに張り合うかのように彼がそう言ったので、俺は生徒
 会長をそう呼ぶようになった。

  その彼らは一年も前に卒業して、近くのそれなりに有名な大学に揃って入学していた。
 「恭也さん!」
  さすがに大学生とはなかなか会う機会がなく、姿を見たのは秋の文化祭以来だった。
 「お久しぶりです!」
 「久しぶり。元気だったか?」
 「はい!それだけが取り得ですもん」
  走り寄った俺に笑い掛けた恭也さんの側に人が立っていることに、そこでようやく気が付い
 た。
  視線を向けた俺に気が付いた恭也さんはふっと笑うと、その少年の肩を抱いて言った。
 「紹介しておこうと思ってな。これが、お前が勘違いされた俺の弟、恭平だ」
 「こんにちは」
  勘違いされた話を知っているのか、面白そうに笑って挨拶をした少年の顔を思わずまじまじ
 と見詰めてしまった。
  ちっとも似てない兄弟だったのだ。どちらも整った顔をしているのだが、タイプが違う。弟
 の方がより男っぽい感じの美形で、背も弟の方が高い。しかし、笑顔は弟の方が軽い感じがす
 る。似ているのは髪と目の色くらいだった。
 「こんにちは」
  くすっと笑われて、はっと我に返った俺が挨拶を返すと、兄弟は可笑しそうな表情をした。
 その表情は確かによく似ていて、兄弟だと思えた。
 「今年から城崎生だ。面倒見てやってくれ」
 「あ!説明会」
 「そう。今日の俺は保護者なんだよ。母親が重い教科書を持ち歩きながら制服の採寸とかに
 回るのが嫌だって言ってな、代理」
  にやっと笑って、弟の二の腕をぽんぽんと叩いた恭也さんと、
 「よろしく」
  にっこり笑って、軽く頭を下げた恭平を、交互に見て頷いた俺は、
 「なるほど。でも、生徒会室寄ってって下さいよ。皆、喜びますよ」
  と、言った。この誘いは掛けておかないと、後で皆に恨まれる。
 「時間があれば寄るよ。皆によろしく言っておいてくれ」
 「それって、来ないって言ってみたいじゃないですか〜」
  情けない顔をしてみせた俺に吹き出したのは弟の方だった。
 「ごめん。あなた、すげぇ可愛い」
 「は!?」
  いくら恭也さんの弟とはいえ、新入生ということは、2つも年下のヤツの言葉に俺が目を丸
 くしていると、恭也さんがその頭を後ろからどついた。
 「恭平!和はお前の先輩にあたるんだぞ?しかも、お前が入学したら最上級生だ。敬え」
 「敬う、敬うよ。でも、可愛いもんは可愛い〜」
  くっくっくと笑い続ける弟に溜息を付いた恭也さんは、諦めたように肩を竦めて言った。
 「似てないだろ?この前、初めてこいつを見た龍たちも、和の方が俺の弟みたいだって言って
 たよ」
 「そんな、俺、恭也さんみたいに綺麗じゃないですよ」
  慌てて言った俺に恭平はまた笑った。
 「兄貴に、こんなにナチュラルに綺麗って言ったやつ初めて見た〜」
  はっとした。恭也さんはあまり『綺麗』と言われるのが好きではない。
 「いいんだよ。和は特別。こいつはお世辞でも嫌味でもなく、天然で発言してるからな」
  誉めてるのか何なのかよく分からないフォローをしてくれた恭也さんに恐縮しながら、ふと
 時計を見ると、そろそろ説明会の始まる時間だった。
 「説明会始まりますよ?」
 「そうだな、じゃあ、また」
  同じように時計を確認した恭也さんが手を上げて歩き出したのに、ついて歩き出した恭平は
 数歩歩いて立ち止まり、振り返って言った。
 「和…さん?」
 「?」
  首を傾げて見上げると、きらきらした目でちょっとはにかむように恭平は笑った。
 「入学したら、よろしくね」
  それは、恭也さんに頼まれたこととは別に仲良くしてねと言っているのだということが分か
 って少し困惑したが、笑顔が満開の桜にも劣らないくらい魅力的だったので、俺は頷いた。
  満足そうに、更に笑みを深くした恭平はくるりと踵を返して、少し先で待っていた兄の所へ
 走って行った。恭也さんが呆れたような、可笑しそうな顔をしているのが見えた。

  これが出会いで、5日後に入学してきた恭平は宣言通り(?)俺にべったりと懐き倒したの
 だった。
  

***

  残暑のねっとりしたようなだるさが消え、秋の気配が深まる頃になると、彼はひどく荒れて  くる。それは、秋という季節そのものを憎んでいるかのように、俺には見える。  「あ……っ!…や…」   強く揺さ振られる腰からは快感よりも痛みが大きくて、涙が零れる。唇を噛んで、それを堪  えていると、ぷつりっと袋が破けたような感じがして唇が切れた。   俺がこんな状態では彼もかなり辛いはずなのに、その辛さをねじ伏せようとするかのごとく  更に強く腰を揺さ振る。俺の腰を掴んでいる手の力も強くて、痛い。  「ひっ!」   ぎりぎりまで抜かれて、少し気を緩めた瞬間に最奥まで突かれて、俺は息を詰めた。   彼が達したのが分かる。が、結局、俺の方は最後まで痛みの方が強くてイクことができなか  った。   ぐったりとシーツに身を落としていると、抜かないまま、彼が俺を強くきつく抱き締めた。  「…………」   ぎりぎりという歯を噛み締める音の合間に名前らしき音が混じるのが分かった。聞き取れな  かったけれど、誰の名前を呼んでいるのかは分かっていた。   血で濡れている場所よりも胸が痛くて、胸元で拳を握った。   それに気付いた彼は急に立ち上がり、俺を突き飛ばした。その拍子にずるりと彼が抜けた部  分がひりついて、また息を呑む。  「………帰れ」   顔を見ずに吐き捨てられ、強張った体をそろそろと起こそうとしたがなかなか上手くいかな  かった。早くしないとと気ばかり焦って、上手く立ち上がることができない。   少しの間、俺が出て行くのを待っていた彼は、しびれを切らしたのか、自分が出て行った。   バスルームのドアが閉まる音が聞こえた。続けてシャワーの音も聞こえてきて、俺はふっと  息を抜いた。これで、少し時間ができた。ゆっくりと仕度ができる。   とはいえ、そんなにたくさんの時間があるわけではない。今日の雰囲気ではシャワーも使え  そうにないから、鞄からミネラルウォーターのペットボトルを出して、ティッシュに含ませ、  それで簡単に身体を拭いていく。血でぬるぬるしている部分もとりあえず拭うだけ拭って、テ  ィッシュを敷き、下着を穿く。そうやって一通りの身支度が終わっても、ペットボトルを鞄に  戻す手が震えていることに乾いた笑いが出た。身体の衝撃が手にまで現れている。   少しの間右手で左手を掴んでいたが、震えは収まりそうになかったので、諦めて鞄を取った。   立ち上がってみると、手だけでなく足も震えていたが、何とか歩いて玄関まで辿り着く。   足が震えて、どうしても足だけで靴が履けないので、辛かったがゆっくりしゃがみ込んで、  震える手で靴を履こうとした。   その時ガチャンと音がして、彼がバスルームから出てきたのが分かった。   彼が出てくるまでに、出て行こうと思ったのに、出て行かなければならなかったのに!   背後に彼が立っている気配がして、慌てて俺は言った。  「ご、ごめん。靴が上手く履けなくて、すぐ履くから…!」   手足だけでなく、声まで震えているのが可笑しかった。心臓は緊張にどきどきいっているの  に、頭ではどこもかしこもが震えていることを笑っていた。   ポンっと、頭に手が置かれた。くしゃっと髪を撫でて離れていく。   その感じがあまりにも優しくて、昔みたいで、思わず顔を上げて振り返った。   振り返ると、既に彼はキッチンの方へ向かっていて、顔は見えなかった。   でも、嬉しくて胸が熱くなる。胸を焼いた熱は目元にまで上がってきて、涙が滲んだ。   嬉しい、嬉しい、嬉しい。   そろりと立ち上がって玄関を出て、歩いて帰る道すがら、俺はすごく高揚していた。   本当に本当に久しぶりの優しい仕草に、さっきまで自分が震えていることを笑っていた頭も  嬉しいということしか考えられなくなっていた。一歩を踏み出すごとに熱くなるような身体の  痛みさえも、喜びの興奮で一緒に熱くなっているような気がした。   あれだけのことがこんなに嬉しいなんて、俺はどうかしている。   でも、嬉しいんだ。嬉しい、嬉しい、嬉しい。   …俺は狂ってる?

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