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  その日、俺は龍さんと恭也さんに受験勉強や引退してもまだ文化祭等のことについて頼って 
 くる生徒会の後輩連についての相談をしに行っていた。

  龍さんと恭也さんは、十分通学圏内に自宅があるにもかかわらず、大学の側に二人で部屋を
 借りて住んでいた。
  社会勉強と称して、家賃から全ての生活費を親に頼らずやってみたい、就職が決まったとき
 に一人暮らしをすることになるよりは今から家事等にも慣れていた方がいい、と親を説得した
 そうだ。
  素行花丸のしっかりした二人はちゃっかり許しを貰って、ラブラブ生活に突入していた。
  生活が充実しているのが分かる、増々輝きの強くなった龍さんの笑顔に俺の胸はかなり痛い
 思いをしたが、恭也さんの次くらいには特別に可愛がってもらっているという立場の俺は、生
 徒会を引退してからは、ちょくちょく二人の部屋を訪れていた。

 「…と、まあ、こんなもんで受験は大丈夫だろ。お前なら」
 「はい、ありがとうございます」
 「あーとは、生徒会か」
  溜息をついた龍さんを見上げていると、後ろから恭也さんの声が掛かった。
 「後輩連中はさ、和が甘やかすから付け上がるんだよ。放っておけ」
 「あ、ありがとうございます」
  冷めたお茶を入れ直してくれた恭也さんにお礼を言った俺に、龍さんは首を傾げた。
 「恭平は?」
 「あいつ、生徒会入ってないんだよ」
  な、と俺に意味深に同意を求めた恭也さんと困った顔をして見せた俺を交互に見た龍さん
 が、不思議そうに聞いた。
 「何で?」
  そう、恭平は中学時代、敏腕生徒会長として鳴らしたらしい。当然、同じ中学出身の奴らは
 生徒会入りを薦めたし、現生徒会役員も恭也さんの弟で中学時代の実績もあり、また俺に懐き
 倒している恭平が生徒会入りするのは当然だと思っていたらしいが、本人はへろっと辞退して
 しまった。 曰く、
 「俺が入れ替わりに生徒会から引退するから、だそうです」
 「はあぁ?」
  溜息と共に言った俺の台詞に、龍さんは目を丸くした。
 「本当、懐かれちゃったよねぇ」
  くすくすと笑う恭也さんに恨みがましい目を向けてみるが、そんなもの気にする風もない。
 「何?恭平、和狙い?」
  どこか面白そうに聞く龍さんに胸がツキンと痛む。
 「何か、めろめろでさ、大したことでもないのに生徒会の連中が和に助言を求めに行くって、
 むっとしてたよ。そのくらい過去の資料とかで見当つけろとかって、偉そうに」
  やはり面白がるような恭也さんの言葉に俺は溜息をついた。
 「そんなこと言うなら、生徒会入ればいいのに…」
 「超多忙の雑用係になんかなったら、和さんに会う時間が減るじゃないか」
 「何だ、それ?」
  どこかで聞いたような口調でそう言った恭也さんに、分かっているだろうに龍さんが聞く。
 「和と同じことを言った俺に恭平が言った台詞」
  にやりと笑った恭也さんは何故か胸を反らして言った。
 「おぉ、愛が溢れてんなぁ」
  感心したような龍さんの言葉に、心のままに眉を思いっきりしかめて見せる。恭也さんは
 笑って龍さんを見る。そのまま龍さんの後ろにあった時計に視線を移した恭也さんは立ち上
 がって、言った。
 「さて、じゃ、俺はそろそろ行くわ」
 「え?どこか行かれるんですか?」
  今日はバイトを休んでいるはずの恭也さんを見上げて、俺は問うた。もう夕方で、これから
 遊びに出ると言うのなら、龍さんが一緒でないのはおかしい。
 「実家。今日は愛溢れちゃってる弟の誕生日なんだよ」
 「恭平の?」
  可笑しそうに笑ったその顔のまま、恭也さんは俺の肩に両手を掛けて覗き込んだ。
 「そう。可愛い弟の為に、誕生日プレゼントになってやってくれる?」
 「え!?」
  突然の綺麗なアップと台詞に俺が動揺していると、すっと離れた恭也さんは最近のお気に入
 りらしい芥子色の鞄を持って、優しい顔で俺を見下ろした。
 「あいつ、結構本気らしいから、少し考えてやって。誕生日プレゼントは冗談だけど、喜ぶと
 思うから、もし良かったら電話の一本も入れてやって」
 「え、あの…」
  くしゃりと俺の頭を撫でて、恭也さんは龍さんに視線を移した。
 「明日遅れるなよ」
 「分かってるって。これ以上サボったら塩川教授、レポートじゃ済ませてくれないだろうし」
 「実家からだとバス通になるから、モーニングコールもしてやる余裕ないからな」
 「大丈夫だって。塩川教授ファンのお前の為に特等席取っておいてやるよ」
 「取れてなかったら、明日の昼はお前の奢りな」
 「了解」
  片手を上げて言った龍さんに、同じように片手を上げて恭也さんは出て行った。
  俺は、それを直前の動揺が尾を引いているような、仲の良い二人の関係を眩しく思うような
 不思議な感覚で見送った。

  それが、生きている恭也さんの最後の姿になるとも知らずに。

  パタンと玄関の閉まる音がして、龍さんは苦笑しているような顔を向けた。
 「同居するときの条件なんだよ。盆正月は当然として、両親の結婚記念日と誕生日、それから
 恭平の誕生日には実家に帰ってくること、てのがさ」
  それはまた…。俺なんて、両親の結婚記念日どころか、父親の誕生日すら覚えてない。
 「龍さんのとこは、そういうのなかったんですか?」
  純粋に好奇心で、聞いてみた。
 「俺のとこ?」
  うーん、と、少し考えるようにした龍さんはやはり苦笑するような表情をして、俺に爆弾を
 落とした。
 「俺は『生活にかまけて学業を疎かにするな』って言われたくらいかな。それよりも、俺が恭
 也に惚れてるってのを薄々だけど感じ取ったみたいで、そっちのフォローの方が大変だったな」
 「ほ………!」
 「あれ? だって、ばればれだろ?俺嘘つけねぇしな」
 「そ、それで、どうしたんですか?」
 「あー…、若気の至りってことで納得したみたい?かな?大学入って、女の子見れば気も変わ
 るだろうって思ったらしい」
  その相手と同棲するのに? いや、普通はそう思うものなんだろう。
 「黙認?」
  黙認とは違うと思うけど…。
 「ま、何でもいいけどな。邪魔さえされなきゃ」
  ニヤリと力強い魅力的な笑顔で笑って、龍さんは言った。
 「誰がどこで何を思っていても、恭也が認めているかぎり恭也は全部俺のものだしな。恭也が
 全部俺にくれるかわりに、俺は恭也が全部だ」
  …この人は、どうしてこんなに鈍感なんだろう。どうしてこんなに自信家なんだろう。
  俺が自分に惚れていることにちっとも気付かない、俺が(誰もが)どう思おうとちっとも気
 にせず惚気てみせる。
  俺の気持ちに気付いていながら惚気ているのなら、俺を諦めさせようとしているのだと納得
 もできるが、気付いてないことが分かるから、ただただ心が痛い。胸が痛い。
  「胸が痛い」なんて乙女な表現はしたくないが、本当に胸が痛い。どうして、頭が痛くなら
 ないんだろう?考えるのは頭なのに。胸の前で拳を握るなんてしたくないのに、胸が痛むのだ。
  どうして、俺はこの人が好きなんだろう。恋愛対象が男でもいいなら、年下だけど、格好良
 くて頼りになる恭平にしておけばいいのに。どうして、この人がいいんだろう?恭平の笑顔も
 恭也さんの笑顔も魅力的なのに、どうしてこの人の笑顔に心が締め付けられるんだろう?
  俺の入る隙間なんてないこと分かっているのに、どうして諦められないんだろう?


  その知らせが来たのは、7時を過ぎて、俺がそろそろ帰ろうかとしていたところだった。

  携帯の着信音が鳴って、龍さんが画面も見ずにそれを取る。
 「はい…あぁ?恭平?どうしたよ」
  恭平、と聞いて、出掛けの恭也さんの誕生日プレゼント発言を思い出して、どきどきしてし
 まう。俺狙いかどうかはともかく、あれだけ懐かれているのだから、プレゼント替わりに明日
 何か奢ってやるくらいはしてやろう。そういえば、どこで調べたのか、俺の誕生日には俺がず
 っと探していた古いLPを見付けてきてくれた。
 「恭也?もう随分前に出たぞ?」
  龍さんの声が少し緊張する。
  恭也さん、まだ実家に着いてないんだ…。
 「…え!?あぁ!?…何!? 恭平、恭平っ!!返事しろっ!恭平!?」
  突然、恐ろしいような声で怒鳴り出した龍さんに、俺は心拍数が跳ね上がった。怒鳴る龍さ
 んが怖いのか、何が起こっているのか分からないが、何か確実に起こっている不安なのか。
 『…ニキが……った』
  メキッという携帯電話を握り締める音の合間に電話の向こうの恭平の声が聞こえた。
 「…こだ?病院。…恭平っ!?」
  また龍さんが恭平を呼ぶ間に、俺はノートを1ページ破り取ってペンと一緒に龍さんの前に
 置く。目でお礼を言った龍さんに頷くと、龍さんはペンを持ち、カツカツと紙を叩く。
 「あ?あぁ……あぁ。分かった。俺も行くからな」
  近くの割と大きな総合病院の名前と電話番号をメモして、龍さんは電話を切り、メモを握り
 締めて立ち上がった。
 「お、俺も行きますっ」
  思わず、そう言ってしまった。厳しい顔をした龍さんの不安を紛らわせてあげたいと思った
 のが50%、恭也さんの無事を確認して安心したいと思ったのが49%、恭平はどうしているだろ
 うと思ったのが1%…だったのではないかと思う。俺も混乱していたのだ。何の役にも立たな
 いどころか、邪魔になるだけだろうと判断がつかなかった。
 「あぁ」
  しかし、龍さんもまた混乱していたのか、それとも何かを思ったのか、俺の同行をあっさり
 許した。
  慌てて、龍さんの後に続く。
  近所にあるタクシー会社へ行き、そのままタクシーに乗り込む。
  タクシーの中で、沈黙が嫌だったのか、龍さんはさっきの電話の話をしてくれた。
 「恭平が自分の携帯で、恭也がまだ来てないって確認の電話してきてな、その途中に家の電話
 が鳴ったんだ。『兄貴かも』って恭平が言ったから、少し待ってたら、おばさんの叫び声が聞
 こえてな、恭平が電話から離れて『兄貴がっ!?』って言ったんだ。すっごい嫌な感じがして
 恭平を呼んだら、恭平が恭也が事故った…って…」
  俺たちの顔色を見て話を漏れ聞いたらしいタクシーの運ちゃんが飛ばしてくれたお陰で、20
 分程度で病院に着いた。

  走り込んだ受け付けで恭也さんの名前を出し、案内されたのは病室ではなく霊安室だった。
  

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