∞6∞


 「ああぁぁぁっ!」
  俺の悲鳴なんて聞こえていないように、あるいは悲鳴に苛つくように強く腰を打ち付けられ
 る。
  連日の行為に、開かれている部分は擦り切れているように感じた。麻痺して何も感じなくな
 ればいっそ楽だろうに、浅ましい俺の身体は彼をそれでも感じ取りたいと言うように、痛みと
 わずかな快感を伝える。
  まだ痛みの方が強くて、頭に理性が残っている。その理性で「苦行僧のようだ」と思い、そ
 れから「僧と言うには生臭過ぎるか」と思い直して可笑しくなる。
  痛くて辛いのに、それとは別の部分で可笑しいと思うなんて、俺はマゾなのかもしれない。
 いや、痛み自体を面白がっているわけではないから、マゾではないのか?
  とりとめのないことばかり、頭に浮ぶ。
  身体は頭とは完全に分離して、わずかな快感を追って蠢く。
  ばらばらだ。
  ばらばら。
  苦行僧のようだと思ったのは、この感じが毎日、10月に入ってから毎日続いているからだ。
 毎日、24日までほぼ毎日。
  何かを堪えるかのように、俺を、何かを壊してしまいたいかのように、彼は俺を抱く。
  でも、案外に丈夫な俺は壊れない。自分でも不思議だ。何で、俺は大丈夫なんだろう?
  去年も大丈夫だった。24日を過ぎると、彼は臓腑どころか魂が抜けてしまったかのように自
 失する。まるで、壊れない俺に疲れたかのように。
  そうじゃないことは分かっているけれど、俺から見るとそんな感じだ。

 「!あっ…はっ…ぁん」
  何度目かに揺すり上げられた瞬間、快感の方が強くなって、もう何も考えられなくなる。

  初めて彼に抱かれたときには、自分がこの行為で快感を得られるようになるなんて思いもし
 なかった。


 「俺っ!俺は龍さんが好きですっ!ずっとずっと好きでしたっ!だからっ!だから…」
  だから、何と言いたかったのか自分でも分からなかった。
  「俺を見て」というのが一番近かったかもしれない。けど、そうじゃなかった。
  ただ、壊れそうな、狂いそうな彼を必死で抱き止めて、その周囲まで巻き込みそうな感情の
 嵐から救い出したかったのだ、と思う。
  今でもよく分からない。とにかく色んなことに混乱していて、そして必死だった。
  そのうち、彼が自分の内側なのか、どこか違う世界なのかよく分からないが、とにかく現実
 を見ていないことが分かった。そのままではいけないと本能的に思った。とにかく、意識を「
 ここ」に向けなければ、と思って必死で呼びかけた。
  それは、叶った。
  彼は俺を見た。俺と認識していなかったかもしれないが、何かをぶつける対象として、俺を
 見た。俺は満足だった。
  抱き締めていた腕を振り払い、シャツを引き千切られても、乱暴に押し倒されても、噛み付
 かれても、満足だった。
  その時、出来得る限りの優しい声で言った。
 「いいよ、何をしても。俺はあなたが好きだから、何をされても好きだから、何をされても許
 せるから、俺には何をしても、どんなにしてもいいんだよ」
  彼の中で完全に何かが切れたのが、目を見て分かった。
  優しく抱き締めようとした手は振り払われ、乳首を噛み切るかのよう齧られ、何の準備もな
 しに最奥まで突っ込まれて、俺は気を失った。
  ときどき痛みに意識が戻ることがあったが、またすぐに次の痛みというより衝撃に気を失い、
 それの繰り返しで、俺はそのときの記憶がほとんどない。
  ただ、目を覚ました時、指一本も動かすことができないほどの痛みと正に血みどろのシーツ
 と身体があった。
  

***

 「大丈夫?」   痛ましげに眉を顰めた恭平は、壊れ物に触るよりもそっと俺の髪を掻き揚げた。  「平気」   笑ってみせると、ますます恭平は痛そうな顔をした。   そんな顔をさせるのが申し訳なくて、抱き付く。  「大丈夫だよ」  「………うん」   そっと俺の背に腕を回した恭平は、そのまま優しく背を撫でる。   10月に入ってから恭平には抱かれていなかったが、恭平は俺の身体がどうなっているか知っ  ていた。毎年のことだ。   だから、恭平は俺を抱かない。連日彼に抱かれている俺の身体を気遣って、ただ優しく労わ  ってくれる。   本当はその優しさが辛かったが、身体的には有難かった。  「キス…だけ、していい?」  「うん」   囁くように言った恭平に、ゆっくりと頷く。   やはり、そっと労わるように唇が下りてくる。   最初から恭平は優しかった。恭平のそれは俺を優しく労わるためのものだった。   彼にぼろぼろにされた身体を綺麗にしてくれたのは、恭平だった。   痛みに指一本も動かせないで、これからどうすればいいのかと途方に暮れていたところにや  って来たのが恭平だった。電話に出ない龍さんを心配して来たらしかった。   合鍵を使って部屋に入ってきた恭平は惨状を目の当たりにして、立ち竦んだ。   酷いショックを受けたような顔が怒りに変わるのを見て、俺は無理矢理微笑んだ。  「俺…が、望んだんだ」   掠れて、蚊の鳴くような声ほども出せていなかったが、恭平には聞こえたようだった。  「俺…は、満足…してるんだよ…」  「分かった…から、もう喋らないで」   俺の目元にキスを落とした恭平は、バスルームで濡らしてきたタオルで俺の全身を拭き清め、  それから病院へ連れて行ってくれた。   中学の生徒会長時代、そういう暴行事件の後始末に関わったときに知り合ったという医者は  恭平を信頼して、俺の親には連絡しないでくれた。  「俺が望んだことだから、龍さんには何も言わないで」   俺の言葉を苦いものがいつまでも口の中から消えないような顔をして聞いた恭平は、それで  も頷いてくれた。   それから、何度も俺が彼に抱かれる度にそんな顔をしていた恭平はある日突然言った。  「知ってると思うけど、俺、和さんのこと好きなんだ」   はっきり言って、驚いた。   確かに懐かれてはいたけれど、「好きだ」と言われたことはなかったのだ。恭也さんの言葉  もあって、そうなのかな、と思った頃には、俺はもう龍さんに滅茶苦茶に抱かれていて、俺が  彼に馬鹿になっていることをよく知っているはずだったから、告白されることはないと思って  いたのだ。   でも、恭平は両思いになるために告白したわけではなかった。  「俺の方を見てもらえないことは分かってる。そりゃ、見てほしいけど、無理は言わないよ。  だけど、俺がこんなに大事に思ってるんだから、和さんにももっと自分を大事にしてほしいん  だ」   自暴自棄になっているつもりはなかったが、俺の無茶な身体の使い方は恭平にそう見えたら  しい。  「粗末にはしてないつもりだよ」  「してるよっ」   吐き捨てるように言った恭平を「大丈夫だから」と宥めた。   宥めながら、これ以上恭平に頼ってはいけないと思った。   なのに。   年が明けても「俺」を見てくれない、認識してくれない龍さんに俺は泣いてしまった。  「龍さんは記憶喪失で、俺はサンドバックみたいだ…」   笑ったつもりが、泣いてしまった。恭平の前で。   彼とのことを話せるのが、恭平だけだったせいもある。でも、泣いてはいけなかったのに!  「俺がいるよ!俺は和さんが大好きだ!和さんだけを見てる!」   きつく、でも優しく俺を抱き締めて、恭平は叫んだ。   その言葉が、あの日彼に俺が言った言葉と重なって、辛くなった。  「俺は和さんが好きだよ」   そう言って口付けた恭平は辛そうで、俺よりも辛そうで、そして俺をすごく欲しがってるの  が分かったから、俺は言った。  「身体…だけなら、あげるよ? お前のものにはなってあげられないけど…」   軽蔑されるなら、それでもいいと思った。ただ、そこまで思ってくれる恭平に何かしてあげ  たかったのだ。あげてもいいと思ったのだ。   恭平は驚いたように目を見開いた後、数瞬葛藤するように瞳を揺らした。そして、ぎゅっと  目を瞑ると、俺を抱き締めて言った。  「…ありがとう」   そうして、俺を抱いた恭平はすごく優しくしてくれた。   俺は既に抱かれることから快感を得られるようになっていたが、「愛撫」というものを感じ  たのは、そのときが初めてだった。  「身体だけでもいいよ。大事にするから、身体だけでも頂戴。全部でなくていいから」   そう囁きながら、俺を抱いた恭平は俺に一つの痛みも与えなかった。

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