≠薔薇妖怪≠


 「こんばんは」

  部屋に帰ると、不法侵入者がいた。

 「僕は、薔薇の精です」

  しかも、頭がおかしいらしい。

 「貴方のことが好きになってしまいました」

  新手のストーカーだったらしい。
 「出てけ」
  不法侵入者だろうが、ストーカーだろうが、犯罪者には変わりないので、俺は冷たく言った。 
 警察を呼んでもいいのだが、この不法侵入者は俺よりもはるかに華奢で、例え取っ組み合いに
 なっても、確実に俺の方が有利だった。もちろん、何か変な隠し技を持っていなければ、だが。
 そんな相手にびびったと思われるのも癪なので、自力で何とかすることにする。
 「出てけ」
  分からない風の犯罪者に再度言う。
  どうやって入った等という質問はしない。こういう奴らはどうやってでも入ってくるもんだ
 と、以前深夜番組で言っていた。これでどうにかなるなら放っておくし、どうにもならないな
 ら、引っ越すだけだ。
 「あの、お話を聞いてはもらえませんか?」
  可愛らしく小首を傾げて、犯罪者は言う。
 「ストーカーの話を聞いてやるほど、俺は優しくない」
  はっきり、きっぱり言ってやったのだが、犯罪者は小首を傾げたまま
 「僕、ストーカーじゃなくて、薔薇の精なんですけど…」
 と、言う。
  そうだった。こいつはただのストーカーじゃなくて、頭がおかしいんだった。いや、ストー
 カー自体、頭のおかしなやつらなんだが、こいつは病院行きのおかしさだ。
 「お前、どこか(病院)から抜け出して来たのか?」
  それならば、ストーカーだろうが何だろうが、そこへ連れて帰ってやらねばなるまい。もし
 くは、電話して迎えに来てもらうか、だ。
  だが、頭のおかしな奴に質問しても、まともに返ってくるはずがないことを失念していた。
 「はい。僕、薔薇の本体から抜け出してきたんです。あなたに会いたくて。本体は花瓶にあっ
 て、動けないから…」
  困った。こんな状態じゃ、今こいつを外に放り出したとしても、うちの前で凍死しかねん。
 「お前、どうやって、ここ入った?」
  仕方が無いので、順を追って話を聞き、保護者を掴んで連絡することにした。
 「僕、一応妖精だから、窓とか小さな隙間があれば、通り抜けられるんです」
  落ち着け。こいつはふざけてるわけじゃないんだ。ゆっくり、焦らず、話を聞き出すんだ。
 「どうして、ここに来たんだ?」
 「ですから、貴方を好きになってしまったので、貴方に会いたくて」
 「どうして、俺を好きになったんだ?どこかで会ったか?」
  うむ、我ながら良い質問だ。
 「大学で」
  大学?うちの大学には医学部なんてないぞ?心理学部か?
 「貴方、演習室で鉢植えの薔薇にキスしたでしょう?あれが、僕なんです」
 「はあ?」
  薔薇にキスぅ?そんな乙女なことしたことねーぞ。
  いや、ちょっと待てよ。確か、今日の午後の授業のときに、演習室の窓際にずらりと並べて
 あったサーモンピンクの薔薇が見事で、冬なのに珍しいってこともあって、匂いを嗅いだよう
 な…。もしかして、あれか!?
  でも、それをどこで見たって?
  演習室っていうのは、階段教室なんかと違って、少人数で研究発表をしてディスカッション
 する為の教室だ。あの時いたのは同じゼミの連中だけで、こんなヤツ見たことない。しかも、
 扉は暖房の為に閉めてあったから、廊下から見ることもない。そして、演習室は離れ校舎の6
 階だ。どこで見るってんだ?
  ゾッとした。
  そういえば、まだ帰ってきて暖房つけてねぇや。とりあえず、落ち着くためにも暖房を…。
 「あ、暖房入れてくれるんですね。嬉しい」
  にこっと笑ったストーカーに、お前の為じゃねーよ、と心の中でツッコミを入れ、ふと思い
 ついた。ゼミの誰かが、あの時の俺の様子を知り合いに話して、こいつが「ロマンチストだ」
 とか何とか勘違いをしたんじゃないのか。そういう勘違いを面白がって煽りこそすれ、訂正す
 るようなヤツには心当たりがない。
 「お前、誰の知り合いだ?」
 「?」
 「誰が、お前の世話をしてるんだ、って訊いてるんだ!」
  またしても、小首を傾げるストーカーに苛ついて、つい語調を強くしてしまった。
  びくっと首を竦めたストーカーは、小さな声で言った。
 「佐伯さん」
 「佐伯ぃ!?」
  佐伯は同じゼミの眼鏡を掛けたひょろっとした男で、今時の面白い男だが、似合わず園芸同
 好会に所属していたりする。そうだ、確かあの薔薇も日当たりが良くて暖かいからとかで、
 ヤツが演習室に持ってきたんだ。
 「今は違うけど…」
  ぽつりと小さな声で付け足したストーカーに
 「あぁ?」
 と、目をやると、とんでもない告白をしてくれた。
 「佐伯さん、ずっと大切にしてくれてたのに、僕のこと切って庄内先生のとこに…」
 て、つまり、こういうことか?以前、こいつの面倒を見ていた、要するにそういう関係だった
 佐伯は、庄内とそういう関係になって、こいつを切り捨てた。で、後味が悪いから、適当な事
 を言って、こいつを俺に押し付けた。ちなみに、庄内っていうのは英文科の若い講師で、結構
 美人だ。 何てやつだ!!
 「来いっ!」
  俺はストーカーの手を引っ張って、佐伯のところへ乗り込んだ。
  佐伯のアパートは俺んとこからチャリ圏内で、徒歩でも十分行ける距離だ。
 「佐伯ッ!!」
  壊すほどの勢いでドアを叩く俺に、眼鏡の奥の目を白黒させながら、佐伯は出てきた。
 「どうしたんだよ、突然。そんな怖い顔して」
 「どうしたもこうしたもあるかっ!自分のケツは自分で拭きやがれっ!俺に押し付けんな!」
 「な・何の話だ?」
  ここまできてもトボける佐伯に、ここまで引っ張ってきたストーカーを突き出した。
 「こいつのことだよっっ!」
 「…誰、これ?」
  キレた。完全に俺はキレた。
 「てめぇが、庄内と付き合う為に切った、てめぇの前の恋人だろうがよ!」
 「はあ?」
  俺の勢いに押されて、たじたじとしていた佐伯はここで、眉を顰めた。
 「ちょっと待てよ。本当に俺、知らないぞ、こいつ」
 「まだ、しらをきる気かっ!」
 「落ち着けって。俺が今、庄内にモーション掛けてんのは確かだけど、前の彼女とは1年前に
 自然消滅して以来会ってないし、それからは誰とも付き合ってない」
 「このっ」
 「違います!」
  佐伯の襟首を締め上げようとしたとき、ストーカーが声を上げて、俺の手に取り縋った。
 「佐伯さんは、恋人とか、そういう関係じゃなくてっ」
 「だろう?」
  ほら見ろ、と言わんばかりの半眼で、手を振り払われて、カッとする。
 「でも、お前、こいつに大切にされてたのに切られたっつったじゃねーか!」
  怒鳴ると、怒鳴られたストーカーではなく、佐伯が抗議の声を上げる。
 「人聞きの悪いこと言ってんじゃないよ。…とにかく、ここじゃ何だから、上がれよ」
  3つ向こうの扉から人が覗いていたので、大人しく佐伯の部屋に上がることにする。
  小さな一人暮らし用のこたつの周りに、佐伯と向かい合って座る。ストーカーはその間だ。
 「…恋人じゃなかったら、愛人か?」
  座った途端にそう言った俺に、ものすごく嫌そうな顔をして見せて、佐伯は言った。
 「お前ね、いい加減それ止めろよ。だいたい、俺はいくら可愛くても、男は守備範囲外だ」
  言われて、初めて気が付いた。頭のおかしなストーカーという認識しかなかったのと、綺麗
 な、それこそ薔薇のようなヤツの容姿で、男だということに気が付かなかった。そうか、こい
 つは、ただの頭のおかしなストーカーってだけじゃなく、その上ホモなのか!衝撃だ。
 「…佐伯さんは、僕のこと、とても大事に育ててくれましたけど、恋人ではありません…」
  本人、佐伯の言葉を後押しするつもりで言ったのだろう、その言葉に、今度は俺がじと目に
 なる。慌てたのは、佐伯だ。
 「き、みっ、何を言い出すんだよ。俺達初対面だろっ?」
 「まあまあ。別にお前がホモでも差別なんてしねーからよ。さっさと認めて、こいつ引き取っ
 てくれよ」
 「違うってんだろ!」
  珍しく激昂した調子で叫んだ佐伯は、ストーカーの肩を掴んで揺さ振った。
 「君ね、何でそんな嘘言うの!?俺、君なんて知らないよ?」
  しゅんと肩を落としたストーカーは、涙を零した。更に慌てたのは、当然佐伯だ。
 「ちょっと、言い方キツかった…かも。でも、本当に覚えがないんだ。えーと、君、名前は?」
 「…アスカ1号」
  あずさ2号…?て、そりゃ、違う。心の中で一人ノリツッコミをやっていた俺は変な顔を
 していただろうが、もっと変な顔をしたのは佐伯だ。
 「僕、アスカ1号の精なんです」
 「…」
 「自称薔薇の精なんて言う頭のおかしなガキの世話が大変なのは同情してやるけど、だから
 って、人に押し付けんのはやめろよな」
  絶句した佐伯に溜息をついて、俺は諭すように言ってやる。
 「薔薇の精?」
  怪訝な顔で俺を見た佐伯は、次にストーカーの方を向いて確認した。
 「…アスカ1号?」
  こくこくと頷くストーカーに佐伯は「なるほどねぇ」と感心するように頭を傾ける。
 「…なんだよ」
  そんな佐伯に嫌な予感というか、気持ちの悪いものを感じて目を向けると、佐伯は感心した
 ような、納得したような風に説明を始めた。
 「この子がアスカ1号なら、話の筋が通ってるって思ったんだよ。アスカ1号ってのは、俺が
 同好会で丹精してた薔薇なんだけど、今日さぁ、庄内の誕生日だったんだよね。今日知って、
 しかも金のない俺はやむなくそれを切って、プレゼントにしたわけだ」
 「…お前、薔薇に名前なんて付けてんの?」
  ストーカーを援護するような説明は気になったが、とりあえずツッコミ所はそこだろう。
 「植物も話し掛けてやると、良く育つんだよ。話し掛けるときに名前がないと不便だろう?」
  ムッとした表情で返すが、気持ち悪いぞ、佐伯。おまけにネーミングセンスというものが
 欠如している。
  俺の考えていることが分かったのか、ますます佐伯はムッとした顔になったが、その表情を
 改めると、ストーカーに話し掛けた。
 「で、君が本当にアスカ1号だったとして、どうして化けて出たの?」
  そりゃ、お前に切られたからだろう、とツッコミを入れようとしたところで、化けて出たと
 いう表現に困惑した顔をしたストーカーが俺を見つめてとんでもないことを言った。
 「…この人のこと、好きになってしまったんです。それで、どうしてもお話したいことがあっ
 て、本体から抜け出て来たんです。本体は花瓶の中にあって、動けないから…」
 「花瓶!?ね、君、それって庄内んちの花瓶?」
 「い、いえ、英文研究室の…」
 「研究室かぁ、微妙なとこだよなぁ〜。家に持って帰ってくれてたら…っと、問題はそこじゃ
 ねぇんだわ」
  研究室は講師控え室のようなものだが、現在英文科の講師は庄内だけなので庄内の個室の
 ようになっている。つまり、学生課等に渡されなかった分好意は迷惑には思われてないって
 ことだ。が、そう、そこじゃない。
  苦虫を噛み潰したような顔をしているであろう俺をどこか勝ち誇ったように見た佐伯は言っ
 た。
 「つまり、彼はお前に告白しに来たってことだ。ということは、これは彼とお前の問題だ」
  だから、さっさと連れて帰れってか?
 「お前、こいつの言うこと信じんのか?信じたとして、お前が育てたんだろうが」
 「俺はロマンチストなんでね、そういうものを否定しないようにしてるんだ。で、信じたと
 して、彼が出てきたのはお前に会う為だって言うんだから、そこは俺の関知することじゃない
 だろ?信じないとすれば、それこそ、俺には全くの無関係だ」
 「お前がっ、化けて出るようなもん育てるからだろっ!?」
  えぇい、ストーカーの問題発言のせいで旗色が悪くなっちまった!が、こんなもん押し付け
 られても困るんだ!
 「知らねぇよ。それより、化けて出るほど惚れられる自分の罪深さを考えろよ、色男」
  佐伯のやつ、完全に責任回避できたと思ってやがる!嬉々としてストーカーに話し掛けた。
 「で、こいつのどこに惚れたの?」
  その質問に頬を薔薇色に染めたストーカーは、またとんでもない台詞を繰り返す。
 「演習室でキスして、『綺麗だな』って言ってくれたんです」
 「ぶっ」
  ぎゃははははと腹を抱えて笑う佐伯を蹴り飛ばし、猛然と抗議をする。
 「っから!んなことしてねぇ!あれは匂いを嗅いだんだ!『綺麗だな』は一般的な感想だろう
 が!」
 「で、でもっ、唇が触れました!」
 「んなもん、ちょっと触れただけだろ!?だいたい、そんなの俺だけじゃないだろ!?何で
 俺に憑くんだよ!」
 「そんなことありません!あなただけです!」
 「つ、罪な男〜」
  まだ笑い転げている佐伯をもう一度蹴飛ばして、ストーカーを睨みつける。
 「だからって、何で化けて出るんだよ!妖精なら妖精らしく、物陰から見詰めてるだけにしろ
 よ!!」
  …いや、それはそれで怖いか。ストーカー行為を促すようなことを言ってしまった…。
  ちょっと寒くなって、頭も一緒にちょっと冷えた俺は、しゅんとした様子のストーカーに気
 が付いた。
 「そういうわけにいかなくなったんです…」
  ぼそりと寂しそうに呟いたストーカーに佐伯も笑いを治める。
 「僕たちは恋した相手にキスをされると、実体化することができるんです。普通は実体化でき
 ても、あなたが言ったように実体化せず、相手を見詰めているだけのことが多いんです。だけ
 ど、僕は切られてしまったので…」
 「どういうことだ?」
 「実体化できる薔薇はとても長生きです。恋が生命力を強めるので。普通はその生命力を大地
 から得るのですが、僕は切られてしまって、もう大地からそれを吸収することができないんで
 す」
  ここで、佐伯が気まずそうな顔をした。自業自得だ。
 「で、最期に告白でもしに来たのか?」
 「おい」と咎めるように、佐伯が足を蹴ってくるが、これは完全に佐伯が悪い。俺はせいぜい
 祟られないように、その最期の話を聞いてやるだけだ。
 「いえ…お願いに来たんです」
 「お願い?」
 「はい。切られた薔薇が唯一生き延びる道があるのです」
 「それは?」
  罪悪感に駆られたらしい佐伯が恐る恐る聞く。
 「恋した人に生気を分けて貰うのです」
 「は!?」
  生気、だと!?そんなもん吸われたら、俺が干乾びるんじゃねぇか!?
  俺の表情から考えていることを悟ったらしいストーカーは言った。
 「あ、当然あなたに害があるようなことはありません。あなたが亡くなれば、即自分の死にも
 繋がるのですから、そんなことはあるはずがないんです。人間の生気はとても強いですから、
 ほんの少し頂ければ僕は生きていけるんです。あなたが気付かないくらいの量です」
  駄目ですか?というように小首を傾げるストーカーにますます恐ろしくなる。と、
 「あ、そんなもんでいいなら、やるよ」
 佐伯が当事者の俺を全く無視した発言をしやがった。
 「本当ですか!?」
 「何、勝手に答えてやがる!」
  ストーカーと俺の声が重なった。佐伯は眉を寄せて、俺を覗き込んだ。
 「だって、寝覚め悪いだろうが、そんなことになったら」
  そんなこともどんなことも知らんわ!
 「てめぇが悪いんだろうがっ!てめぇが責任取れよっ!」
 「そ、それはっ、ほら、恋しい人の生気がやっぱいいだろ?」
  てめぇ、自分のせいなのに生気をやるのは嫌だってか!?俺だからって、ほいほい返事をし
 やがって!!
  本気で殴ってやろうと立ち上がりかけた俺を撃沈させたのはストーカーの言葉だった。
 「恋しい人の生気がいいのではなくて、恋した人の生気でなくては駄目なんです」
 「なーっ」
  ほらほら、と佐伯が安心したように言う。
 「畜生っ!何で俺なんだよっ!」
 「恋なんて、自分の思い通りになるもんじゃないのさ」
  吼えた俺にどこかの似非アドバイザーのように佐伯が言う。続けて、もっともらしく言った
 のは、
 「じゃ、早速貰っときなよ。ここまで来るのにも大分生気を消費したんだろ?」
 だった。
 「冗談じゃねぇっ!」
 「駄目なんです」
  またしてもストーカーと俺の声が重なった。困った顔をしたストーカーは説明した。
 「僕、切られてるから。本体からしか吸収できないんです」
  本体? 本体って、この場合薔薇だよな? どうやって吸収するんだ?
  吸血鬼のようなのを想像していた俺はそんな場合ではないのに、思わずそんなことを考えた。
 「根の付いている薔薇は本体のある場所から動けない代わりに実体化した体で生気を吸収する
 ことができます。でも、切られた薔薇は本体から抜け出ることができる代わりに本体からしか
 生気を吸収することができないんです」
  説明に自分の悪行を思い出したらしい佐伯はまた気まずそうな顔をしたが、俺としてはもっ
 と責めてやりたいところだ。だいたいヤツが薔薇を切らなければ、こいつは物陰からそっと
 俺の様子を伺うだけの、俺には大して迷惑でもないストーカーになるハズだったんだ。…気持
 ちは悪いけど。それを佐伯が切ったから…って、何でストーカーの話を信じる方向にっ!
 「…お前、本当に薔薇の精だって言うのか?」
 「お前もまた基本的なことを聞くね、今更」
  佐伯が呆れたように言うが、じゃあ、お前は信じるのかっ!?
 「明日になれば分かることじゃん。今日はもう学校開いてないだろ? 明日、庄内に頼んで
 薔薇返してもらうからさ、それで本当かどうか分かるだろ?」
 「…お前、見てみたいだけなんだろ」
  じと目で睨んでやるが全く効いた様子はなく、にやりと笑って佐伯は言った。
 「あ、分かった? ほら俺さー、平凡な大学生じゃん?彼の言うことが本当だろうが嘘だろう
 が、こんなお、非現実っぽいことってあんま起こんないんだよねー」
  …お前、今「おもしろいこと」って言いかけただろ?
 「問題はさー、代わりの花束用意しなきゃいけねぇってとこだよな。なぁ、金貸してくんね?」
 「誰が貸すかっ!!」
  怒鳴り返したところで、はっとする。
 「お前っ!だからって、もう別の薔薇切んなよっ!?」
 「さすがにそれはしないって」
  はは、と乾いた笑いを漏らした佐伯は何を思ったのか、溜息をついてこたつに顎を落とした。
 「あーあ、でも可愛がってたアスカ1号が男だったなんてな〜。薔薇の妖精ったら、可愛い
 女の子か綺麗なお姉さんでしょ、普通。せめて、アスカ5号やサナミ1号は女の子であって
 ほしいよな〜」
  何を考えてんだ、お前はっ! …まあ、確かに可愛がるなら男よりは女の方がいいけど。
  そこへ申し訳なさそうにストーカーが口を挟んだ。
 「あの、普通薔薇の精は男なんですけど…」
 「え!?全部!?」
 「はい…」
 「え、え!?女の子いなくて、どうすんの!?」
  どうすんのも何も、動物じゃねぇんだからよ…と、思ったが、いい気味なので黙っていた。
 「いえ、あの」
  案の定困ったようなストーカーに気が付いたらしい佐伯はそれでも気を取り直したらしい。
 「じゃ、じゃあさ、妖精が女の子な花って何?」
 「え、あの、百合とか…」
 「百合、百合ね。よっしゃ、俺今度百合育てよう」
  佐伯…お前ってヤツはよ…
 「…あの、男じゃ駄目ですか?」
  まだ佐伯が世話をしている仲間を心配したのか、不安げに聞いたストーカーにはっとした
 ような佐伯は慌てて言った。
 「いや、もちろん、男だろうと何だろうと俺が丹精してたんだから、可愛いよ。でも、ほら
 やっぱ、何かあったときに女の子だと嬉しいじゃん」
  お前、それフォローになってねぇよ。「丹精してた」とかって、過去形になってるし。花の
 種別毎に性別が決まってるようなもんにその感覚を分かれっつー方が無理だろうがよ。だい
 たい、何期待してんだよ。
 「一生懸命育てても、恋されるとは限らねぇし…」
  ボソッと呟いた俺に佐伯はムッとしたようだが、実例がここにあるんだからどうしようも
 ない。
 「ま、とにかく、明日だ。明日。今日はこのまま泊まってっていいからさ」
  このまま帰ると言っても、その場合ストーカーは押し付けられそうだったので、あえて反論
 せず、そうすることにした。

  翌日。
  誰に借りたのか知らないけれど、小さな花束を持った佐伯とストーカーと一緒に英文研究室
 に向かった。ノックをしたが返事がない。そっとドアを開けた。
 「ぎゃっ!」
  声を上げたのは俺だったか佐伯だったか。
  ドアを開けた瞬間、ストーカーが部屋の真中にある大きな机の真中に飾ってあった薔薇に吸
 い込まれるように消えたのだ。
  何分呆けていたのか分からないが、先に口を開いたのは佐伯だった。
 「ほ、ほんとだった…な」
  声がどうしようもなく震えているが、声も出せない俺よりマシだ。こくこくと頷く。
 「ほ、ほら、行けよ」
  俺の服の裾を花瓶の方に向けるように引く佐伯の手を振り払って逃げることにした。が、佐
 伯も引かない。
 「お前、今ほんとだったって言ったじゃないかっ!行ったら、俺生気吸い取られるんだぞ!」
  そんなホラーな真似できるか!だいたい俺にはもともと何の責任もないんだ!
 「死ぬ程じゃないって言ってたじゃないか!ここで逃げて祟られたら、どうすんだよ!」
 「祟られるとしたらお前だ!俺には関係ない!」
 「お前だろ、お前!恋しい男に捨てられるんだから!」
 「捨てるとか言うなよ!お前が切るからだろ!」
 「あの…」
  怒鳴り合っている俺達の間に申し訳なさそうなストーカーの声が入った。姿はなくとも声は
 する。声は薔薇から聞こえた。ひえぇ〜、気色悪いっ!
 「ほら、呼んでるぞ!」
 「いえ…もういいです。実体化した姿で告白もできましたし、最期に本体にもちゃんと戻れま
 したから…。ありがとうございました。本当は上手くいくとは思ってなかったんです。僕達の
 恋が実ることって、ほとんどないし…」
  そ、そういう言い方されると、罪悪感を覚えちまうだろうが。
  佐伯が肘で俺の横っ腹を突っつくが、ここで流されるとストーカーを背負い込まなければな
 らないことを理性が警告している。
 「佐伯さん、ごめんなさい。あなたのキューピットになれたら良かったんですけど、僕、僕の
 勝手で実体化しちゃったから、今日の夜には枯れてしまいます。だから、その花束と交換して
 下さい」
  その言葉に思いっきり罪悪感を刺激されたらしい佐伯が横っ腹を突く力を強くする。痛い!
 「ね、生気吸い取るってどうすんの?それって痛い?」
 「いえ…ただ、僕の茎を握ってくれるだけでいいんです」
 「だってよ」
  自分の罪悪感の為に俺を犠牲にするつもり、どころかそれを決定事項とした佐伯は、俺を説
 得にかかる。
 「な、せめて1回くらいいいじゃん。お前に会いに行く為に生命力使っちゃったんだしさ」
  1回だけ、という言葉に少なからず罪悪感を覚えていた俺は頷いてしまった。
  恐る恐る花瓶に近付き、飾ってあった薔薇を抜く。庄内にプレゼントした為だろう、刺が丁
 寧に取ってある水に濡れた茎を怖々とゆるく握る。
 と、それまで萎れかけていた薔薇がビデオの巻き戻し映像でも見ているかのように、艶のある
 瑞々しい状態に戻った!
 「マジックみてぇ…」
  ファンタジ〜と唸っていた佐伯は、それから俺の顔を覗き込んだ。
 「どう?」
 「何ともねぇよ」
  普通、そっちを先に口に出すだろ、と不機嫌になった声で答えたが、まじ何ともない。眩暈
 がするとか、何かを吸い取られるような感じがするとかいったこともない。全然普通だ。
 「良かったじゃん」

  で、その後どうなったかといえば。
  俺は旅行になると薔薇を持参する胡散臭い男と成り果てた。
  一日一回握ってやれば元気になるらしい薔薇は、普段は俺の部屋の花瓶に刺さっているが、
 一日以上家を空けるときには持って行くしかないのだ。お陰で俺はコロンなしで薔薇臭い。
  一回握ったのが運の尽き。その後も枯れそうになる度に佐伯に押し切られ、そこまで付き合
 えば情も湧く。あぁいうものはシンナーとかと一緒だよな。やらないんなら、一度だって手を
 出してはいけないんだ。
  そして、ストーカー改め薔薇は切花のくせに相変わらず生き生きとしている。
  人の生気を吸い取って生き続ける薔薇…妖怪子泣き爺と同レベルだよな。あれ、妖精じゃな
 くて妖怪か。薔薇妖怪。まあ、出掛けにキスしてやって実体化させとくと、家事をやってくれ
 んのは便利なんだけどな。金かかんないし。
  ちなみに佐伯は庄内にアタックを続けながら、最近百合の栽培を始めたらしい。
  

-END-

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