〜海水浴〜

 まさにピーカン。
 そう言ったのはクラスメートの春名桜太で。
 潮風を身体中に吸い込もうとしているかのように、真っ黒に日焼けした両手をいっぱいに
広げた彼は太陽の光を浴びてピカピカと輝いているようだった。

 暑い熱い夏。「ぎらぎら」と表現されるような眩しい太陽の光は、どこまでも青い空だけ
ではなく、真っ白な入道雲と翠がかった海をこの上もなく明るく照らしている。
 波が揺らぐ度にその波頭がきらきらと宝石のように輝くのを負けないくらいのきらきらし
た目で見る少年が四人。

「穴場じゃん!」
 興奮気味の声で言ったのは夏目海(なつめ かい)。四人の中で一番背が高く体格も良い
海は、それを更に背伸びして辺りを見回した。
「だろ!? 小っさい頃から俺と稔の遊び場だったんだ!」
 自慢気に胸を張ったのは桜太だ。
「な!?」と振り返った桜太にくすりと笑って頷き返したのは秋山稔。
 そんなやり取りを聞いているのかいないのか、呆然と輝く海に見入っているようなのは
冬木真白(ふゆき ましろ)。
「冬木?大丈夫?」
「…俺、海来たのって、すっごいちっちゃい頃以来かも…すごい…」
 声を掛けた稔を振り返りもせず、頷きだけ返して、やはり呆然としたように真白は呟いた。
「何?感動しちゃった?」

 うわ…と海は思った。
 こんなことを揶揄いではなく素直に聞いてしまう桜太とそれに真面目に頷く真白。そして、
それをにこにこと聞いている稔。
 照れもなく、そんな風にできてしまうイマドキでないカンジの三人を恥かしくなってしま
う。しかし、それと同時にくすぐったいような嬉しさのような誇らしさのようなものも感じ
てしまうのだ。

 四人はこの春入学した高校のクラスメートだ。
 だが、桜太以外の三人は他のニ人と特別仲が良いというわけでもない。
 入学当初、出席番号順で前後の席だった真白とその後の席替えで隣の席になり、部活動も
同じの海、そして、幼馴染の稔。それぞれがそれぞれに桜太と仲が良く、なんとなく桜太を
中心に集まっているうちに一つの仲良しグループのように周囲に認識されたのだ。
 だから、入学して三ヶ月が過ぎたが、感覚的に他のクラスメートと大差ない。特に真白と
稔はあまり賑やかな方ではないので、海にとっては「連れ」という感覚もあまりない。
 しかし、それでもこの中は居心地がいいのだ。
 この中。この四人で集まっている時の場の空気というか、雰囲気が気持ちいいのだ。柔ら
かい春風の中にでも佇んでいるような…と言ったら大袈裟だろうか。
 擦れているとは思わないが、それなりにイマドキのあまり純粋でない自分を知っている海
は、先程のように漫画か何かの中でしか見たことのないような純粋な遣り取りを自然にされ
ると困惑して、赤面するような気持ちになる。
 「だっせぇ」と思わなくもないが、羨ましくもあり、そんな純粋な人間の中にいることが
できる自分が誇らしくもある。

 夏の低い空は手が届きそうで、伸ばしてみて、入道雲の大きさに手なんて全然届かないと
思い知らされたりする。
 太陽を反射する海はガラスの破片のようにも見えるが、入ってみると水は柔らかく、でも
また昔のラムネ瓶のようなガラスの液に浸されている気分になったりもする。
 穴場の海を知っている人は他にもいて、小さな子供連れの母親達が数人ずつで遊びに来て
いた。その子供達の声が波の音と共に夏の浜辺を高揚させるBGMになっている。
 四人ははしゃいで三時間程を過ごしたか。
 聞いたことがあるようなないようなメロディーをどこかで拡声器がだみ声で歌った。
「あ、お昼だ!」
 桜太と稔が、音を見るように顔を上げ、動きを止める。つられて、海と真白も静止する。
 ふと辺りを見回してみれば、子連れの母親達の姿は既になく、意味もなく漂っていた海藻
を振り回して遊んでいた中学生くらいの集団も手に手に荷物を拾っている。後は釣りのお爺
さんが一人二人いるだけだ。
「飯にしようぜ! 焼きソバ買ってくるから待ってろよ!」
 浅瀬でざばりと音を立てて上がった桜太は、そう言って、海と真白を振り返った。
「え?」
 困惑したような声を上げた真白ににやりと笑ってみせた桜太だ。
「すっげぇ美味い焼きソバ屋があんだよ。これが、もう!海で食ったら、超美味いの!」
「焼きソバ屋じゃなくて、お好み焼き屋さんなんだけどね。お持ち帰りできるんだ。飲み物
は何がいい?」
 力説する桜太のフォローをするように口を添えた稔に、今度は海も困惑した顔を向けた。
「なら、俺らも行くって」
「いいって!そんな量じゃないし、俺らだけでいくと、そこのおばちゃんオマケしてくれる
んだ」
 自慢そうな笑顔で言い切った桜太に、それ以上何かを言うのもなんとなく気が引けて、
「じゃあ、俺、コーラ」
「俺は…ウーロン茶で」
と、二人は飲み物のリクエストをぼそりと口にした。
「メーカーとか拘りある?」
 細かいところに気を遣うらしい稔がそんなことを聞いたが、二人は頭を振った。
「別に…」
「どこのでも…」
「よし! んじゃあ、ちょっと行ってくるな!待ってろよ!」
「夏目はともかく、冬木はちょっと休んでた方がいいよ」
 やはり細部に渡って気配りをする稔は少し疲れたような真白に気が付いて、そう言った。
「稔の言うことは聞いておいた方がいいぞ」
 幼い頃から常に自分の体調(桜太の場合は主に怪我だったが)を気遣ってもらっていた桜
太が真白をじっと見る。桜太の真面目な目に圧倒されたように頷いた真白に満足げに頷くと
くるりと踵を返した。
「よし!すぐ帰ってくるからな、待ってろよ!」
 そう言い残し、稔を目だけで促すと、桜太は駆け出した。稔がその後を追う。
 いつものことながら、小さな台風のような桜太の勢いに呆然としていた二人だが、さすが
に三ヶ月も付き合っていれば、立ち直りも早くなる。そのうちには慣れて、桜太独特の早い
テンポにも呆然とせずに対応していけるようになるだろう。
 海は稔が言っていたことを思い出し、真白を振り返った。
「んじゃあ、俺らは休んでるか」
「ん」
 頷いて、荷物置き場にしている岩場の方へ踵を返した真白に海は心密かに溜息をついた。
 実は、真白とはあまり話したことがない。桜太程仲が良い訳ではないが、何事に対しても
誰に対してもそつなく対応する稔とは結構喋っていた。しかし、真白とは挨拶程度だ。それ
でも、桜太を中心に一緒にいることが多いので、他のクラスメート達よりは真白と喋ってい
る方だろう。
 真白は騒がしいクラスの中にあっても、一人だけ静寂の中に居るような不思議な雰囲気を
持った人間だった。特に浮いているというわけでもないが、どこか他と隔たっているように
見えることがある。そんな存在。
 物静かと言えば稔もそうだが、稔は結構しっかりと自己主張をしている。稔は相手の話を
にこにこしながら聞いて、相槌をうつなり、自分の意見を言うなりするが、真白はそもそも
人の話をちゃんと聞いているのかも怪しい。そんな感じだ。
 クラスで浮かないでいられるのは桜太のお陰だろうな、と海は思う。
 桜太といる時の真白は桜太の雰囲気に引き摺られるように隔たりを感じさせることがない。
 だが、そんな中和剤の桜太も橋渡しのできる稔もいない今、二人きりでいったい何をどう
やって話せばいいのか、海は全く分からなかった。
 ノリの良い相手であれば初対面で名前も知らなくとも一緒に騒げるが、真白はそんなタイ
プではない。どちらかと言うと海の苦手な方のタイプだった。
 少し影になっている場所に腰を下ろした真白を見下ろして、とりあえず当り障りのない事
を聞いてみる。
「大丈夫か?」
 我ながら何て間抜けな台詞なんだと思わなくもないが、海は沈黙が耐えられない方だ。
 頷いて返した真白はゆるやかに波を送る海の方をぼんやりと見詰めた。
「疲れてたの、気付かなくて悪かったな」
 真白はいつもどこか遠くを見ている風情だが、稔の言葉もあり、今のぼんやりは疲れて見
えた海がぽつりと言うと、真白は海を振り仰いだ。
「別に…。秋山が目聡いだけだよ。桜太だって多分気付いてなかったと思うし」
 それから、少し言葉が足りないと思ったのか、付け足す。
「はしゃぎ過ぎただけ。俺、そんなに普段はしゃぐことないから」
「はしゃいでたんだ?」
 確かに学校で見るより楽しそうにしているとは思ったが、予想外に不似合いな言葉を聞い
た気がして、海は聞き返した。
「そう見えなかった?」
 不思議そうに聞き返されて、慌てて首を振る。
「いや、楽しそうだなーとは思ったけど」
「けど?」
 言葉の先を促されるとは思わなかった海は言葉に詰まった。その顔を見て、ふっと笑った
真白は、また遠くの沖の方へ目をやった。
「…本当に、こんなにはしゃぐのなんて久しぶりだよ。俺は桜太みたいに世界が全部輝いて
見えるわけじゃないから、いつも退屈だったし。今日はすっごく気持ちいい…」
 うっとりと独り言のようにそう言う真白に心臓のあたりがどきりと音を立てたのを聞いた
海は、何故かが分からず首を傾げた。
 それをどう解釈したのか、真白が言葉を続けた。
「本当に。秋山と桜太の言葉がなかったら、海にまだ浸かっていたいくらい」
「浸かりに行く?」
 恋しそうに揺れる波を見る真白に何となく、そう何となく何かをしてやりたいような心持
ちになった海はそう聞いて、手を差し延べた。
「そう言うと、風呂みたいだな」
 くすりと笑った真白に再び心臓が跳ね、差し延べた手に手を重ねられて、更に心臓は踊り
始めた。
「なんだ?これ…」
 自分の心臓の状態に思わず洩れた言葉に真白が首を捻る。また慌てて首を振ることになっ
た海は適当に言い訳をする。
「いや、ずっとパーカー着てるだろ? しかも長袖じゃん、それ。それが暑いんじゃないか
と思ってさ」
 あぁ、と自分の白いパーカーを見遣って、誤魔化されてくれたらしい真白は説明し始めた。
「俺、すごい紫外線に弱いんだよ。真っ赤になってすぐ引くから、黒くはならないんだけど、
火傷する時があるんだ」
「火傷!?」
「そう。日焼けで火傷して、耳に水脹れができたことある」
「げ! まじ!?」
「まじ」
「日焼け止め、塗ればいいじゃん」
「嫌いなんだよ…べたべたして」
 すごい!会話してるよ、俺!と、海は思った。何がすごいのかよく分からないが、興奮し
ている。何故、こんなことに興奮しているのかも分からない。
「でも、確かに白いよな、お前」
 まだ離していなかった手を目線の高さまで持ち上げて、海が言うと、むっとしたように真
白は手を引いた。
「どうせ、生っ白いよ」
 そのまま海の方へ駆け出す。
「待てって」
 慌てて、その後を追った海が腕を引いたせいで、バランスを崩し、二人で波打ち際に転が
った。
「ってー」
「ぺっぺっ。口ん中に砂入ったぞ」
 互いにぼやきながら起き上がろうとして、海が真白を抱き込むような形で倒れていること
に気が付く。
「夏目のせいだぞ」
と言う真白の顔の近さに慌て、抱き込んだ身体の華奢な感じに心臓が跳ね捲くり、絡んだ足
にヤバい感じを覚えたのは海だ。一気に赤面する自分を感じる。
 赤面した海を転んだ(あるいは転ばせてしまった)屈辱を感じているのだろうと思った真
白は、さっさと立ち上がり、自分の身体を見回した。
「あーあ、パーカーだ砂だらけだぞ」
 そう言って、砂を払う為にパーカーを脱ごうとファスナーを下げ、下げたところで
「うわあっ!」
という奇声に驚いて、手を止める。
 奇声の発し主は海だった。何故だか、ますます赤面している。
 今まで隠されていた真白の胸の白さに、本気で困ったことになりそうな海は跳ね続ける心
臓と顔の赤さに原因を探り、簡単に見付かった答えにショックを受けた。
 奇声を発した後、固まったように動かなくなった海を不審げに見た真白は海の前にしゃが
み込み、海の顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?何か、苦手なもんでもいた?」
 お前だ!と海は心の中で叫んだ。目線は前を開けたパーカーの間からちらちらと見える白
い胸だ。
 あれは男の胸だ!何を変態親父みたいに見てる!しっかりしろ、俺!
 混乱でぐるぐるする海の目には真白の白い滑らかな胸が白いパーカーに見え隠れし、その
また背後にはきらきらと白く輝く海面。
 空はこんなに澄み切っているというのに、海の心は夏の風物詩の台風状態。暴風雨に雷、
でも、どこかほのかにソーダ味。なんじゃ、そりゃ。

 とりあえず、一人の少年の心の中を除いて、暑い夏の午後はこともなし。
  

-END-

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