_休日の風景_

卵白様画
「どこか行くか?」
 久々の休日、岬(みさき)は菖蒲(しょうぶ)に言う。
 「久々の休日」とは言ったものの、二人の休日が重なったのが久々なだけで、各々には休みが
あったので、洗濯や掃除といった家事は溜まってはいない。
 晩春というには遅く初夏というには早い中途半端だが、心地の良い季節。そのよく晴れた休日
に、二人揃っているというのは、何となしに浮かれた気分になるものだ。

 すぐに首を振った菖蒲は、クールに整った顔を動かしもせずに言う。
「いや、読みたい本がある」
「そっか」
 自分の提案に頓着せず、岬もあっさりと頷く。
「んじゃ、俺も今日は一日ごろごろするかな」
 天気の良い日に何もせずにいるというのも贅沢な話だ。しかも…。
「お茶入れる?」
「いや、今はいい」
「そっか」
 読みかけの本を持って、定位置となっている茶色の皮のソファの端に腰掛けた菖蒲に歩み寄っ
た岬は、そのまま彼の膝へ寝転んだ。
 菖蒲もそれに対して文句を述べるわけでもない。ごく当然の顔をして彼に膝を明渡す。

『よく、ここまで慣らしたよなぁ…』
 感慨深く、菖蒲の顔を見上げて、岬は思った。

 菖蒲は「人生に挑んでいけ。何事に対しても勝負をかけていけ」という願いを込めて、父親が
名付けたという。ただ、そのままにすると名前に「負ける」という字が入るので験が悪いと、音
はそのままに「菖蒲」という漢字を当てたらしい。
 端午の節句の厄除けの花の名前でもあるせいか、凛とした菖蒲はその端正な容姿も相俟って、
周囲を怯ませてしまうような、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。
 そんな自身の雰囲気のせいか、それとも性格のせいか、人馴れしない菖蒲を手に入れて数年。
 最初は肩を抱くのにも過剰な反応を見せ、嫌がるような素振りをし、文句を言っていた菖蒲が
いまや、岬が傍若無人に彼の膝を占拠することに対して、何の戸惑いも抵抗も見せない。それど
ころか、当然のこととして受け入れている。

 誰にともない優越感を感じて、うっとりと端麗な菖蒲の顔に見惚れた岬は、
「何だ?」
と不思議そうに聞いた菖蒲に
「いーや、なんでもない」
と言い、にやりと満足そうに笑って目を閉じた。

『気持ち良さそうだな…』
 目を閉じた岬の顔を見下ろして、幸せな気分で菖蒲は思った。

 岬は快活で、どちらかといわなくても菖蒲とは正反対の人種だ。男らしく整った顔も、今日の
ように髪を下ろしていれば、少年のような愛嬌さえ見せる。
 どこにいても人気者で、岬を中心に人の輪ができていく様を自分とは違う世界の住人のように
遠巻きに見ていた菖蒲は、そんな岬が自分に興味を示したのを訝しく思っていた。
 何か裏があるのではないか、とさえ思った自分が今は馬鹿らしい。
 岬は裏で何かを画策するような男ではない。
 そして、画策はしないが、常に人や物事の中心で精力的に動いている岬が自分の側ではゆっく
りと寛ぐ。我が物顔で菖蒲の膝を占拠するのもそんな気分の表れだろう。

 岬を知る全ての人たちに優越感を感じて、うっとりと端正な岬の顔に見惚れた菖蒲は、狸寝入
りの岬の額にかかる前髪をそっと掻き上げてやり、ふっと満足そうに笑って、再び手元の本に目
を落とした。
  

-END-

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